2021/08/31

2021年度春学期のハイブリッド授業

コロナ禍がいつ終息するのか、見通しがなかなか立たない状態が続いています。大学でも昨年度から始まった様々な変化が、当初の想定とは異なり、思いがけず長期化しています。その影響は大学の様々な活動に及んでいます。これまでに最も話題になったのは授業のオンライン化でしたが、事態が長期化する中で、それ以上に深刻なのは、学生のキャンパスライフの喪失だと思います。

オンライン授業の利点と欠点についてはいろいろなところで語られ、様々な調査結果も公表されるようになってきました。それらの本格的な分析はこれからの課題ですが、各種の調査結果を聞きつつ、また自分で授業を行う身として最近感じる問題意識は、「授業」と「学生生活」が切り分けられずに議論されているのではないか、ということです。

大学は昨年来、多大なエネルギーを費やして授業の全面オンライン化を何とか成し遂げました。そのために大学や教員が必死に努力したことは、学生たちにも伝わっていると思います。授業のオンライン化を巡ってはいろいろな言説がありますが、大学ごとに行われた学生調査の結果を見ると、一定の肯定的な評価がなされているものが多いようです。そこにはオンライン授業ならではの利点が含まれており、ICTの効用もさまざまに語られています。

一方、「授業」のオンライン化がそれなりに成功し、学生の満足度も低くないというだけで安心してしまっていいのでしょうか。「授業」が成り立っているとしても、「学生生活」はどうか、ということにこれまで以上に目を向けて考える必要があると思います。これまでのところ、どうもこれら2つが切り分けられずに議論されてしまうことが多いように思います。

行動範囲の広い大学生の移動を抑制することを重視する考え方に立てば、対面授業は不可能です。その場合、社会を守るために大学が取るべき選択肢は他にありません。しかし、だからオンライン授業をやっていれば済むという話にはなりません。学生たちのキャンパスライフは無くなったままだからです。「授業」に関して大学はできる努力を最大限してきたのかもしれません。しかし、「学生生活」に対してはどうでしょうか。そこにどういう対処がどこまで可能なのかについては議論の余地がありますし、大学の持つリソースとの関係もあるでしょう。しかし、授業を越えた「学生生活」に対して何ができるか、何をすべきかという議論自体はこれまで十分でなかったように思います。

そこの議論がないと、例えば、キャンパスライフがなくなって多くの学生が不満を持っているから、それを解消するために対面授業に回帰すべき、といった、二つの授業形態を対立軸で捉える単純な議論に繋がってしまいます。これは昨年の文科大臣の言葉に典型的です。オンラインで授業をしながらキャンパスライフを取り戻すのは物理的に不可能です。それでも、「授業」と「学生生活」を異なる次元で考えるべき課題であると捉えれば、キャンパスライフそのものを取り戻すのは難しくても、オンラインを活用して「学生生活」を感じられる取組をもっとやっていこうという発想につながるかもしれません。

実は、そのように考えれば、授業の方法にももっと工夫の余地があるかもしれません。オンラインへの移行に際して大学は最大限努力したと言えたとしても、オンライン授業の質を高めることについてはどうでしょうか。授業の質にはいろいろな面がありますが、ここで考えたいのは、授業の中に「学生生活」としての要素を取り入れるということです。個々の教員の工夫も可能でしょうし、そのためのアイディアの交換などももっとさかんになってよいのかもしれません。平常時に行われるオンライン授業とは違って、学生が対面することがまったくできない状況で行われるオンライン授業では、学生同士、あるいは学生と教員との交流といった要素を取り入れることで、失われた学生生活を少しでも取り戻すという発想が必要なのかもしれません。

もちろんそれでも、対面することによる「場」や「空気」を共有する感覚を持つことはオンラインでは難しいことは否めません。コロナ禍の長期化の中で、対面授業を取り入れる大学も増えてきています。そうなると、上記の前提条件は変化し、学生の移動を完全に抑制するのではなく、社会状況を睨みつつ、対面とオンラインのバランスをいかに取るかについて考える必要が出てきます。

今年度の春学期、大経コースの授業では、昨年からまったく対面できていない学生たちにごく一部であっても対面の機会を与えたいと考え、数回だけですが、はじめてハイブリッド授業を実施しました。ハイブリッド授業とは、対面とオンラインのどちらでも学生が授業に参加できるという形態です。

事前に受講生に対して希望調査をしたのですが、実は、当初考えたより対面受講の希望は多くありませんでした。これは、実施授業が大学院授業であったこと、同じ日の他の授業はオンライン実施だったこと、オンライン授業に満足している人が多いことなど、いろんな要因が関係していると思います。それでも、様々な方法によって、学生生活を取り戻すための努力は必要と考えており、その一環としてハイブリッド授業は重要な手段であると考えています。

授業に対面参加した学生たちは、様々な感染対策を施し、別教室で他の授業にオンラインで参加してから教室に集まりました。忘れられないのは、集まった学生たちが楽しそうに談笑する姿です。授業の合間に交わされる、インフォーマルな何気ない会話が、実は学生生活を支えていたのだと改めて気付かされた思いがしました。

再度の感染拡大、そしてコロナ禍の長期化の中で、社会の安全を守りつつ、学生たちの交流をどう支えていくのか、様々な手立てについて改めて考える必要があるように思います。

2021/08/14

子どもの貧困と学習支援に関するシンポジウムを開催しました

7月27日に、子どもの貧困と学習支援に関するシンポジウムを開催しました。

東京大学教育学研究科(学校教育高度化・効果検証センター、およびバリアフリー教育開発研究センター)とNPO法人Learning For Allとの共同開催という形で、オンラインウェビナーで開催しました。

私は司会と趣旨説明を担当しました。

一般公開で開催したところ、多くの方々の関心を呼び、学内外の360名ほどの方々にご参加いただきました。シンポジウムの中では参加者の皆さんから多くの質問・コメントをお寄せいただきました。また、終了後のアンケートでも多くのコメントをご提起いただき、子どもの貧困問題に対する社会的な関心が高まっていることを感じました。ご参加いただいた方々、貴重なコメントをお寄せいただいた方々に御礼を申し上げます。

子どもの貧困については、政策的にも、文科省、厚労省、内閣府で課題として取り上げられており、2020年には秋の行政改革レビューに「子供の貧困・シングルペアレンツ問題」が取り上げられました。この点について、大経コース修了生の刈屋早央理さんに貴重な情報提供をいただきました。ありがとうございました。

当日は、LFAの李炯植さん、多田理紗さん、松村磨季さんのお三方に、子どもの貧困の実態や課題、それに対してLFAがどのような働き掛けや活動を行っているのかについてお話しいただきました。

その後、教育学研究科の小国喜弘教授(バリアフリー教育開発研究センター長)にバリアフリーの視点から、また本田由紀教授(教育社会学)に教育社会学研究の視点からコメントをいただき、それらを元にフロアとの議論を行いました。

私にとっては、普段行っている高等教育の研究とは異なるテーマではありますが、すべての人々の学ぶ権利を保障することは、あらゆる教育段階を貫く重要な問題であることを改めて認識しました。

これまでの日本ではこの問題は比較的、社会的な関心を呼ぶことは多くありませんでしたが、例えば、アメリカでは人種や民族、経済的状況による高等教育機会の格差は、高等教育研究の重要テーマとなっています。マイノリティやファースト・ジェネレーション学生に対する教育機会の提供や就学支援の問題は常にホットな研究テーマです。

今後ともLFAと教育学研究科で相互の交流・連携を進めながら、日本でのこの問題に関する検討、そして実践的活動を進めていきたいと思います。

当日のプログラムと資料は以下のページでご覧いただけます。